川田たくや

タメになる情報をお伝えします。

ボクの過去編

ボクはずっと苦しかった。

母さんの愛情を感じることもできず、父さんの涙も知らず。

周りの人に感謝もできず生きてきた。

妹のこともずっと、いじめて八つ当たりばかり、いじめてばかりいた。

 

最初は些細なこと、小さなことだった。

生まれて小さなアパートで暮らしていた。

でも、おそらく、これはボクの想像でしかないかもしれないが…

小さなアパートで暮らしていた時に一階の南アジアからきた人が毎回、毎回、ボクが何かを家の中で言うたびに心の中で「死ね!!」と言ってきた。

これは信じれる人だけ、信じていただきたいです。

ボクはそのたびに本当に苦しくて胸が張り裂けそうだった。

母親からは『なんでこんな泣きかたをしているんだろう』と思われていた。

でも、決して対岸の火事を見つめるような、いわゆる放置のような感じではなかった。

母さんはいろんなクリニックや病院にボクを連れて行ってくれていろんなお医者さんに診察を受けた。

おそらく愛の手帳という福祉サービスを受けれる国からの保証もあるものも支給されたのだろう。

でも、納得ができなかった母さんは最後にもう1件クリニックに連れていってくれた。

そこで「お子さんに早い時期で病名をつけてしまうと可能性を狭めてしまうかもしれないですよ」

と言われた、と思うよ。

でも、ボクは今ならそのお医者さんの気持ちが痛いほどわかる。

一般的には特別支援学校に通っていたお子さんには学校を卒業したという資格を得ることができない、

それにもしも知的障害や発達障害と名付けてしまうと子どもはどうなるだろうか?

一回、この文章から目を離して考えてみて欲しい。

1分くらい、考えてくれましたか?

そう、勉強する気がなくなってしまう、んですよ。

読者のみなさまだってそう思うでしょう?

上司から「お前は使えない、もっと勉強しろ!」と言われたら

どう感じますか?
いやですよね?仕事のやる気がなくなりますよね?

だから、ボクは子どもができてもしも周りからとやかく言われても子どものことを信じていきます。

 

これは親にならないとわからないと思うけど、でも子どもとしての立場からも親をもっと信じて生きていきたいと思うよ。